4. 父はなぜハウスボーイ(住み込みの下男)をしながらアメリカに残りたかったのか。

父の話に戻ると、彼はアメリカに残ることを望んでいました。博識な人でしたね。面白い人で、よく笑って、「学校に行くと本当に下らないテストをやらされるから、テスト用紙に「0」と書いて、机の上に放り投げて出てったよ」と言っていました。生意気だったんです!でも学ぶことが大好きでしたからね。やがてアメリカにやって来た時に、この国に選択の自由があることをその目で見て、彼が望んだことは何でも学ぶことが出来るということを経験し、この国に魅せられたのです。運転を学びたかったら運転を学ぶ自由があるのです。
もちろん、アメリカに来たら誰でも車が欲しいですよね。でも車の数は多く無い。それでも彼は絶対車を持つと決めていました。それで勉強をして自動車修理工になり、そうやって車を買ったんです。
父はハウスボーイもしていましたから、学校に通うことができました。でも私が思うに、彼は少し時代の先を行っていたんですよ。出来うる限り勉強をするという固い意志をもち、英語を学びました。父親とホテル暮らしをしていた時には、聖書を読んでいましたから、しばらくの間少々風変わりな英語を話していました(微笑)。でも最終的に父は禅宗の仏教徒になったんです。彼はおそらく私が知っている誰よりも全ての宗教についてよく知っていたと思います。

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カテゴリー: 脇田

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