母は生田流の箏を学んでいましたが、その中にもいくつか流派があって、正統な生田流の学校で学ばなければなりませんでした。しかし、その頃母には山田流の箏を学んでいる友人達がいて、しかも親友が山田流の先生だったのです。でもそれはどうでも良いことでした!母は「私たちは同じ音楽を演奏しているのよ」と言っていました。「あなたと私の音楽は同じには見えないけれど、でも同じものよ……もしかしたら装飾音がもっと多いとか、演奏法に少しの違いはあるかもしれないけれども、でもそれだからって何が違うのかしら?私たちは一緒に同じ音楽を楽しんでいるのよ。」
というわけで、彼らは演奏会も一緒に開いていました。