30. 母は収容所で箏を教え始めましたが、箏は二面しかなかったので、練習には間に合わせの代替品を使っていました。

  • K – Kayoko Wakita
  • S – Shirley Muramoto
K
やがて、私の母が弾いているのを、他の人が耳にするようになり、「私達にも習うことができるかしら?」と聞く人が出てきました。そうすると母は「そうね、私のところに二つ楽器がありますから、そのうちの一つでレッスンの時に練習できますよ。でも余分にお貸しできる楽器が無いのです」と答えていました。それがきっかけで、母に習っていた主婦たちのご主人の一人が、何週間もかけて奥さんに楽器を作ってくれたのです。もちろん桐で作ったわけではないですが、それでもできる限り本物を真似て、かなりちゃんとした楽器が出来上がりました。私は、なんと素晴らしいこと!と思いました。これも、音楽を通じて愛が深まったということですよ。ご主人は奥さんを慰めるために楽器を作ろうとまで思ったのですから。
それから、何かやってみたいと思っている年配の農婦たちもいました。お箏については「日本で良い家の人が嗜んでいたもの。自分も習ってみたいな。とてもいい音がする!」ぐらいの知識しかありませんでしたが、彼女たちが母に尋ねると、母は「もちろんですとも!どうぞお座りください」と勧めるのでした。しかし弾く楽器がない。するとその婦人は「そうねぇ。このマットレスを動かすと、ワイヤーが13本等間隔に巻き付いているから、これで絃の数を練習できるわ」と言ったのです。こうして彼女は親指の動きをその金属の楽器で練習しました。もう一人の男性はワイヤー製のハンガーをあるだけ見つけてきてそれをカットし、楽器のように仕立て上げましたが、音は出ませんでした。
S
これのことですか?(マンザナーで作られた「箏」の写真を持ってきて見せる。)
K
そう。これです。彼はこれを作って、彼の奥さんが少なくとも音符が絃のどの辺に当たるのかを見て練習できるようにしたんです。
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カテゴリー: 脇田 タグ:

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