64. 西洋音楽の教育を受けた唯是震一は、箏と尺八のために多くの曲を書きました。

  • K – Kayoko Wakita
K
それと、唯是氏は根本的に、西洋音楽の訓練を受けた音楽家なのです。彼はハープ奏者、コンサートハープの奏者で、両親は伝統音楽の先生でした。それで箏の道に入ったのです。彼にとってはとても容易なことでしたし、また、彼は箏という楽器を愛していました。箏の他に三味線も嗜み、この楽器にも愛着を持っていました。ですからどちらの楽器の曲も書いています、しかし面白いことに、彼は西洋の五線譜で書くのです。そうすると「でも私たちには日本語の楽譜が必要だ!」と言う人がいるので、それで今度はこう言うふうに(上から下に書く動作をして)楽譜を書いた。実際かなりの天才です。歌舞伎の花形、(坂東)玉三郎にも曲を書いています。玉三郎が歌舞伎の舞台で使うための曲を書いたのです。中国では唯是氏の作曲による京劇(スタイルの舞踊劇)を上演しました。中国上演が初演でした。ですから彼は非常に多忙でしたよ、映画音楽も作曲していましたし。とにかく壮大で魅力的な曲を沢山作られました。

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